374 俳句で使われる「~すなる」とは?




俳句を鑑賞していると「~すなる」という単語がでてくることがあります
次の句も「すなる」使われています


筒鳥を幽かにすなる木のふかさ



「すなる」は、「~をするようだ」という意味です
す(~をする)+なる(「なり」の連体形で、~のようだ)


ですので、木の深さは筒鳥を幽かにするようだ、といっています



俳句は17音しか使えないため
「~をするようだ」と言ってしまうと、それだけで6音を使ってしまいます
「すなる」を使えれば、3音で済みます

俳句作りに慣れてきたら、いろいろな言葉の使い方をマスターすると
表現の幅が広がるでしょう







375 俳句では「コスモスが赤い」というような、説明はいらない



俳句を作っていると、知らず知らずのうちに説明的な表現を使ってしまいます

例えば
「コスモスは赤い」
「コスモスが揺れている」
といった表現です

これは単に季語を説明しているだけにすぎません
誰が見ても、そんのようなことは分かりますので、いまさら俳句で言ってみたところで
「だから?」と思われてしまいます


作った俳句を見直した時に
季語の説明をしているようであれば、説明的な表現を直さなければいけません


では、どのように直せばよいのか、ですが

コスモスが赤い

というように作ってしまった場合は

コスモスが(どのように)赤いのか
コスモスが赤いことで(どうしたのか)


という視点で作り直すと良いでしょう


「コスモスが赤かった」だけでは説明でしかありませんが
「コスモスがどのように赤かったのか」
「コスモスが赤い事でどうしたのか」となると
コスモスの赤さの本質を表現することになります


視点を少し変えるだけで、俳句はぐっと良くなるはずです



376 俳句の切字「や」とは?



俳句の切字「や」について説明します

古池蛙(かわず)飛びこむ水の音

この句では、古池”や”のところで「や」が使われています


俳句で使われる切字の「や」は、詠嘆(えいたん)を表す言葉になります
詠嘆というのは、物事に深く感動することです

つまり、上記の句では

古池だなぁ。
と、しみじみ感動をしています
そうしていると、不意に蛙が池に飛び込んで、水の音がした、という俳句になります



切字の「や」は、どの品詞にもつけることができます
「や」がつくことで、そこにしみじみとした感動が表現できます
また、一句の中に間ができます
間があることで、深く俳句を味わうことができるとも言えます




切字の「や」を使う場所は、上五か中七の最後が良いと言われています

使って良い所
〇〇〇〇/〇〇〇〇〇〇〇/〇〇〇〇〇

〇〇〇〇〇/〇〇〇〇〇〇/〇〇〇〇〇


使っては良くない所
〇〇〇〇〇/〇〇〇〇〇〇〇/〇〇〇〇



下五に「や」を置くと失敗しやすいので、初学のうちはなるべく使わないようにしましょう









377 俳句の切字「かな」とは?



俳句の切字「かな」について説明します

霰(あられ)まじる帷子雪(かたびらゆき)は小紋かな


この句では、最後の小紋のところで「かな」が使われています

俳句で使われる切字の「かな」は、詠嘆(えいたん)を表す言葉になります
詠嘆というのは、物事に深く感動することです

つまり、上記の句では

霰が混じってきたことで、薄く積もった雪に模様が付き始めた
まるで、模様が小紋のようだなぁ
と、しみじみ感動しているのです



切字の「かな」は、名詞や連用形に付けて使われます
「小紋」は名詞ですので、その後に「かな」が付いているのです


「かな」がつくことで、句が終わった後も
感動の余韻を残すことができます






切字の「かな」を使う場所は、中七か下五が良いと言われています

使って良い所
〇〇〇〇〇/〇〇〇〇〇かな/〇〇〇〇〇

〇〇〇〇〇/〇〇〇〇〇〇〇/〇〇〇かな


使っては良くない所
〇〇〇かな/〇〇〇〇〇〇〇/〇〇〇〇〇



上五に「かな」を置くと失敗しやすいので、初学のうちはなるべく使わないようにしましょう







378 俳句の切字「けり」とは?



俳句の切字「けり」について説明します


春の夜は桜に明けてしまひけり



この句では、最後の「しまひ」のところで「けり」が使われています

俳句で使われる切字の「けり」は、詠嘆(えいたん)を表す言葉になります
詠嘆というのは、物事に深く感動することです

つまり、上記の句では

夜桜を見ている間に、はや夜は明けてしまったのだなぁ
と、しみじみ感動しているのです


切字の「けり」は、連用形に付けて使われますので
「しまふ」の連用形である「しまひ」に「けり」が付いているのです


「けり」がつくことで、句が終わった後も
感動の余韻を残すことができます






切字の「けり」は、上五、中七、下五のどこに置いても上手くいきます

使って良い所
〇〇〇けり/〇〇〇〇〇〇〇/〇〇〇〇〇

〇〇〇〇〇/〇〇〇〇〇けり/〇〇〇〇〇

〇〇〇〇〇/〇〇〇〇〇〇〇/〇〇〇けり


多くの俳句では下五に「けり」を置いていることが多いと言えます
初学者はまず、下五から切字の「けり」を使い始めてはどうでしょうか



380 多作多捨とは?




多作多捨の読み方は「たさくたしゃ」です
俳句の世界でよく使われる言葉です
俳句の上達のためには、作品を多く作り、駄作はどんどん捨てましょうという意味です

波多野 爽波(はたの そうは)は多作多捨を身上とした一人です

現在、多作多捨の必要性は多くの人が認めており、初学者でも必ず一度はこの教えを耳にしたことがあるはずです
ただ中には、多作多捨について否定的な声もあります

「どうせ多くは捨てるからとりあえず沢山作れ」という作り方は、作句の姿勢としてどうなのか、という意見です

これは、多作多捨の「多作」を「濫作(らんさく)」と勘違いされているのではないかと思います

「多作」は、数多くの作品を生み出すことを指します
「濫作」は、内容は二の次で、数だけやたら多く作ることを指します


爽波は、むやみやたらと多作多捨をしなさいと言ったわけではありません
多作多捨と多読多憶とは一対でなければならないと言っています

多くの作品を読み、記憶することで自選力を鍛え、自分の作った多くの作品の中から、佳句を見つけ出せるようにならなければいけないと言っています


俳句を作っていくうえでの参考になるのではないでしょうか


270 一方の歳時記に載っていて、もう一方の歳時記の載っていない季語がある




Aの歳時記に載っている季語が、Bの歳時記には載っていない
ということがよくあります
初心者にしてみると、片方にしか載っていない季語は
使えるのか戸惑ってしまいまうようですが
心配することは全くありません

片方の歳時記に載って入れば
違う歳時記に載っていなくても、その季語を使っても大丈夫です


このようなことが起こるの理由はいくつかあります
歳時記のページ数が違うから
50ページの歳時記と、100ページの歳時記があれば
当然、載せられる季語の数は変わります
全ての歳時記が、無制限に全ての季語を載せることができればいいのでしょうが
その様なことは、現実的に無理です
ページの少ない歳時記は、季語の数も減ります

歳時記によって特徴があるから
歳時記によって当然、それぞれに特徴があります
Aの歳時記は、より多く季語を載せることに力を入れている
Bの歳時記は、季語を載せるよりも例句の解説に力を入れている
こうなると、Bには載っていない季語が、Aには載っているということが起こります


ですから、片方の歳時記に載って入れば
他の歳時記に載っていなくても、その季語を使う事は問題ありません



ちなみに、このようなことは英和辞典でもありますよね?

Aの英和辞典には「giant」が載っているけれど
Bの英和辞典には載っていない

それでも、英文を書くときに「giant」が使えない、という事はありませんよね
歳時記も同じです、片方の歳時記に載っていれば、その季語を使えます